俳 句 メ モ リ ー

高まりて広がる白き夏の波
180度以上の視界を、水平線が続く。
インド洋の青と明るい空。Bali島の浜辺。
大きく打ち寄せる波。
眼を閉じると、波の音が右から左へとステレオのように響いて行く。
砂浜のデッキチェアーにいて、それを眺め、聴いている‥‥
こんな時間、あるんですね!
傍の白人のご夫妻はもっと前から、肌を焼いていらっしゃる。
マダムの、なんともかわいい水着。
わたしの方がずっとスリムなんだから‥‥水着になればよかった?
5月1日(金)
夏の夜に甘き香放つ夢の花
花の名を訊ねると、不思議な雰囲気を持ったウェイターはメモを渡してくれた。
《TUBERROSSET》と書いてある。
《スリ・マラン》がインドネシア語で、夜の香りの意味。
幻想的な花が並ぶエントランスのホテルでの、イタリア料理は美味しかった。
帰りにプールサイドで、若いボーイがその花を一輪
わたしの耳の上に挿してくれた。
その後、みんなで立寄ったカフェ・テラスでは、“Spanish Eyes”を唄っていた‥‥
帰ってから調べたら、英語で《TUBEROSE》とあった。
日本語では《月下香》と。
《オランダ水仙》とも書いてある。
あのミステリアスな建物に合うのは、《スリ・マラン》と思う。
5月2日(土)
青田道十頭ほどの赤き牛
サヌールからクタという町へ、焼物や篭、バティックを見に行く。
ジュンガラ焼の素朴な美しさに、プレートと小皿を求めた。
途中で、むかしの日本の田舎町、そんな道沿いの店で昼食を摂り
素敵なホテルの海辺でお茶を飲んだりしながら、半日を過す。
よく揺れる車からの眺めも、長閑な田園があり、タイム・スリップの感じ。
赤茶色の牛は日本の牛とは違う、そういえば、犬も鶏も牛もとてもスマート。
5月3日(日)
一口でこれこそバナナと歓声が
ゴルフ場のレストランで、ミー・ゴレン(やきそば)の昼食のあと
名前が面白いので頼んだデザートは、縦に切ったバナナを二つ並べて
間にモカとチョコレートの丸いアイスクリームが2個入っている。
アイスクリームは5種類ほどの中から選べるので、彼女がチョコレートと言い、わたしはモカ
そう言ったのに、それぞれに2種類が入って来た。
バナナが美味しい!黄色の色が違う!
彼女の彼と、わたしの彼にも、少しだけ分けてあげる。
そうそう、そのデザートの名は《ダブル・ボギー》
わたしは、そんなスコアが出せたらなあ‥‥で
わたしの彼は、そんなの出したくない!というものでした。
5月4日(月)
夏星は地上に在りて煌けり
もう一度Singaporeへ寄って、夕方の街を歩き食事をした。
正確には5月6日発の飛行機に乗って、夜間飛行。
Singaporeでは、今、青空も星空もあまり見られなくなっている。
隣国からの煙害は旅人にとっても嬉しくないが、住んでいる人達には大きな問題。
早く解決してもらいたいと思う。
遠ざかる地上には、深夜なのに光がいっぱい‥‥
あの美しい、クリスマスの頃のここの街をもう一度見たい!
その時には、空にも星が見えますように!
5月5日(月)
青芝の庭と猫とに迎へられ
十日ほどの間に、芝が勢いよく伸びていた。
雨が多かったらしいし、緑が濃くなってきれい。
夕方近くなって、まずクロチャンが現れ、ニャオ!と鳴く。
そのしばらく後で、ミーが来た。
ニャーオ、ニャーン‥‥嬉しそうな歓迎ぶり。
5月6日(火)
会合のテンポにずれる五月かな
午後からの集りは、ほとんど忘れていた。
少し遅れて入っても、いつもなら直ぐに話について行けるのに
随分長い間ぼんやりとしていた。
‥‥正直言って、どうでもいいことじゃない? そんな気分。
南の島の後遺症。
5月7日(水)
柏餅五つを買ひて戻りたり
緩やかに曲る新樹の道が好き
この街の、この並木道もなかなかのもの。
小学校や、邸宅や、公園がある、丘の上の住宅街の大通り。
カーヴに添って行くと、お気に入りの喫茶店がある。
南の国の緑濃い並木も、日本の新緑の並木も、どちらも好き!
5月9日(土)
母の日に母の退院手を添へて
七年前の俳句で、俳誌「狩」に採られたもの。
最初の入院から、おばあちゃまが退院したのは母の日だった。
父もまだ居て、二人ともほんとうに嬉しそうだった。
今日、わたしの二人の母は、同じところに‥‥
わたしは、伊予のその山まで行かなかった。とても行けなかった。
何年か後の母の日に行くかもしれない。行かないかもしれない。
5月10日(日)
枇杷一つただ一つのみ実をつけて
鹿の子を立たせ母鹿優しき眼
昨夜のテレビでの、スコットランドの風景。
赤鹿、と書くのだろうかその親子の鹿を映していた。
「子鹿物語」のシーンを思い出した。
「バンビ」の可愛さも。
今朝、三日ほど現れなかったミーが来て、痩せてやつれた感じ。
一瞬険しい眼を見せたあと、やはり甘えて寄って来る。
ミーはママ猫になったらしい‥‥
5月12日(火)
翡翠の色より好きな石のあり
お付合いで、宝石の展示会へ。
まるで梅雨のような天候の日が続いているから、気分転換のつもりで。
翡翠が並ぶコーナーで、同じ字を書いて「かわせみ」だった、などと思っている。
わたしは、トパーズが好き。サファイアも好き。
マット加工のオニキスと小さなダイヤの指輪が気になった。
ピンク・ゴールドの大き目の台に合う、素敵なデザインだった。
5月13日(水)
黄のボタン落ちかたばみの花となる
庭の芝生の中に、ちらちらと黄色の花。
花の形のボタンを落したのかと、思ってしまいそう。
酢漿草なんて、随分とむつかしい字で‥‥あんな可愛い花なのに。
でも、あのカタバミが広がってしまうと、たしかに草引きはむつかしくなる。
5月14日(木)
新しき葛餅の味ほの甘く
実家が和菓子の老舗というカメラマンから、お菓子が届いた。
「小豆やっこ」というネーミング。
〈これは お菓子の冷奴。小豆こしあんと葛粉を丹念に練り上げて‥‥〉とある。
水羊羹に近い感じだけれど、葛餅と思う。
やさしく、涼やかな甘さ。
5月15日(金)
茉莉花よ一輪咲くと語る友
「バンマツリの花が咲いたの!」
挿し木にして、初めて咲いたのだそうだ。
わたしの父が最後に愛でた花、バンマツリに、彼女も興味を持ってくれていた。
蕃茉莉と書くと、教えてくれた友人もあった。
その頃、ペナンのホテルの庭で、同じ花を見つけた時、英語で書いてあった名は
《Yesterday,Today and Tomorrow》だった。
濃紫に咲き、芳香のままにうす紫に‥‥そして、真っ白になって散る花。
5月16日(土)
雨上りヨット模様を着たくなり
昨夜からまた雨が降っていた。寝付きにくいほどの雨音だった。
朝には止んでいて、昼頃からは陽が射しはじめた。
梅雨みたいな気候がいやになって、ヨットの模様のサマー・セーターを着る。
ベージュに濃い茶色のシルエットがとんでいる。
早いかなとは思うけれど、実はこのセーター、アクリル65%で、真夏には暑いのね!
5月17日(日)
真夜中の騒動のたね大百足虫
夢は見ていなかったと思う。半分くらい目覚めかかっていたのかもしれない。
大声でわたしを呼ぶ声がする‥‥別にどこかが悪いという、苦しそうな声ではない‥‥
〈ムカデかな?〉とぼんやり思った感の良さ!
ぼーっとしながら、キッチンでお箸を持って廊下へ行く。
かれ、はもうそこには居ない。
一度箸で挟んだムカデは、わたしが寝ぼけていて躓いた時に逃げてドアの陰に。
また廊下を走る‥‥もう一度箸で押さえたのだが、慌てたのでわたしの指との距離が余りない。
いつになく、ふっと怖くなって、こちらも大声で「ね!早くお茶を持って来て!」
お茶を掛けたら、だんだん弱って行ったムカデをトイレに流して、ほっとして。
「ねぇ、どうして、わたしがムカデ退治するの?普通は反対よ。わたしが助けてもらいたいわ!」
「君は、我が家の俵藤子さんだからね。お任せするべきです!」
イイカゲンにしてほしい!俵藤太、も孝太郎も、萌子も‥‥(しつれい)
藤子、フジコ。不二子なら、いいかも!
子供の頃、覚えた《百足虫退治法》は、わたしの特技なのかしら?
お茶にヨワイんですよ、ムカデって。
それから、2時間、わたしは折口信夫についての文を、読んでいました。目が覚めてしまったの。
ということで、今朝、 かれ、が出掛けたのは知りません。
5月18日(月)
クッションに咲き空色の薔薇の花
晴れたら晴れたで、蒸し暑い午後となった。
レッスンの時間を間違えて遅れるし‥‥
人との会話にしても、からっとしたテンポの良さはないし‥‥
テレビを見ていた部屋のソファの、取り替えたばかりのクッションが、明るい。
ブルーのが三つ、ラベンダーのが二つ、薔薇の花でいっぱいの図柄。
シンガポールで買ってきたのだが、ジム・トンプソンのタイ・シルク。
華やかさも、優しい手ざわりも、好き。
5月19日(火)
夏草に伏し祈る若き人のあり
2週間前に、デンパサール空港へ見送ってくれた、30才のオリムさんが話していた。
その日からの、物価の異常な高騰を心配だと‥‥Baliは平和ですと言いながらも。
彼の5年前の明るさも、そして2年前の、子供が生まれたという嬉しそうな笑顔も消えていた。
日系の会社と契約しているので、6月に日本へ初めて行くのですと、それだけは楽しみのようだった。
日本人がどんどん去っているインドネシア。
わたしが居た4日間の、あの穏かな明るさは?
Baliはそれでもまだ静かだと思う。でも、旅行者がいなくなり、大変に違いない。
オリムさんの、初めての外国旅行も、もちろん中止だろう。
5月20日(水)
水争ひならぬ思はぬ季語争ひ
「音」をテーマにした、ただし音という語は入れない、というような句会。
ネット上で生まれた遊びで、今月はわたしが当番。
TUBE を夏の季語にするとしての投句があり、わたしは TUBE が分らないので訊ねた。
若い人の間では有名な音楽グループ、夏のイメージで季語であって当然、と言う人もあり
季語とは認められない、と言う人もある。
わたしも、季語とは思えない。
「若い人で TUBE を知らない人は、教養のない人」
という、筑波大の学生の発言には、おどろいた。
教養って、そういうものではないけれど。
たわいのない話、とは思う。
世の中にはもっと重大な、緊迫したこともある。
むかしの《水争い》は生活が掛かっていたのですよね。
5月21日(木)
太きにはふときものあり蕗の糸
届いた蕗を茹でたのは昨日の昼。
午後も夜も、水に浸けたまま、外出してばかり。
今朝から、電話に出たり、ピクチャー・レールを取付けに来た工事の人と話したりしながら
思い出したようにして、皮をとる‥‥こんな作業はほんとに久しぶり。
出掛ける前にさっと煮ておいたのを、夕方もう一度煮含める。
おすそ分けもして、なんとなく、ゆたかな気持に。
5月22日(金)
広がりてただ染むを待つあぢさゐよ
強い陽射しに鉢植の花たちは元気をなくしている。
水を遣るついでに、庭の大小の、まだ緑色の紫陽花の毬にもシャワーを掛けて。
中に、白く大きくなっている花を見つけた。
紫陽花の色は、太陽がつけるのか、それとも雨が染め上げるのか‥‥
どっちだと思います?
5月23日(土)
華やかな杜鵑花の崖に向ひゆく
夕方まだ明るい内に出掛ける。
家を出て左に真っ直ぐ走ると、その先は小学校。
体育館を囲んでの、大きなさつきの生垣は満開で、小雨の中にいろいろな赤が鮮やか!
生垣というよりは、花の崖に突き当って行きそうな感じがする。
そのまま、花の中へ飛び込んでみたいような‥‥でも、角を曲って、花に沿って走って行くけれど。
5月24日(日)
切手買ふみかんの花にさそはれて
郵便局の窓口で、気になった切手があった。
はっきりとは見えないが、ピアノの鍵盤のような気がする図案で
訊ねたら、やはりそう。
手に取ってみると、黒鍵が赤とかグリーンとか、虹の色みたいになっている。
「わたしの愛唱歌シリーズ」で、シューベルトの《野ばら》の初めの数小節が書いてあるもの。
もう一つあったのは《みかんの花咲く丘》で、こちらの絵は、どうかな、というものだったけれど
《みかんの花咲く丘》の曲名がうれしくて一緒に買った。
小学校の講堂のピアノが目に浮んで来た。
お兄さんみたいだった先生の笑顔も!
5月25日(月)
夜濯ぎや黄のTシャツのためにだけ
一年前に買ったTシャツは、わたしのお気に入り。
ちょっと高かったと思うけれど、イタリア製で、好きな黄色がほんとうに綺麗なもの。
大切に着て、指示通りクリーニングに出していた。
もう自分で洗おうと思うのだが、洗濯機には入れたくない。ネットを使ってもいや。
今夜、小さな洗面器で、手洗いをしよう。
5月26日(火)
香水を避けたくもなりこの湿度
青き香の新茶とどけり今年また
三島から新茶を送ってもらった。
弟がほしかったわたしに、いつの頃からか弟のようになった人から。
不思議なことに、その人も、お兄さんのような二人の人も、同じ名前なのだ。
ローマ字で書くと、三人とも OSAMU さん。
5月28日(木)
絵扇や結婚御祝熨斗袋
熨斗袋を選びに、デパートへ。
おばあちゃまと、5年間を一緒に暮してもらったひとの娘さんが、結婚することに。
結婚と同時に、10才の女の子のママになるという。
とても、不思議な気がしている。
おばあちゃまとわたし、の間柄よりも、もっともっと親しくなってほしい。
そんな願いをこめて、熨斗袋を選んだ。
5月29日(金)
海南風ブーゲンビリア届きたり
昨夕のこと、花屋で贈物にするミニ薔薇を選んで
ピンクの濃淡を花束にしてもらう間、花で溢れる店内を眺めていた。
紅く大きい、ブーゲンビリアの鉢を、どうしてもほしくなり、今日届けてもらうように頼んだ。
このところ青い空が戻って来たという、Singaporeの街を彩る花。
わたしの庭も華やかになった。
5月30日(土)
硝子器にまろく盛られて鱧白き
初物の鱧は、きれいに料理されて、一つ一つは白い花びらのよう。
水色のガラスの器に盛られたら、紫陽花みたいにも見える。
そんなに眺めていたわけでもない。
美味しくて、あっという間に頂いてしまった‥‥
それぞれに話が弾み、賑やかなお別れパーティーになって良かった。
5月31日(日)
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