Autumn
−1999−
諏訪の湖青し空蒼し今日の秋
中央道から見た諏訪湖。
運転手は、だれかさん。
わたし、眺める人。
8/8
(SUN)
花籠を抱へて童女秋初め
一泊した知人の別荘での朝食の後、30分ばかり一人で散歩に出た。
ゆったりとした別荘地は、間隔を空けていろんな形の建物がある。
会社の保養所というのも多い。
突然、二年生くらいの女の子が、ある別荘から走って来た。
「おはようございま〜す!」と言ってニコッと笑いかけ、すっとわたしの左手を握る。
そのまま手をつないで歩くので、こちらがドキドキしてしまい、とりあえず「いくつ?」と聞く。
「い・つ・つ」
と唄うように言った彼女の声は、少し幼い感じ。
背丈からはとても五才には見えない。
「見て!」と言って片手で抱えた籠を見せる。クローバや黄色い花が短く摘み取られて並んでいた。
とても嬉しそうな笑顔。
しばらくそうして歩いて、突然、そうまた突然
その子は品のいい老紳士が連れた犬の方へ走って行った。
籠は放り出されて、花はこぼれてしまった。
私の事などは、もうそれっきり。
「おじょうちゃん、この犬は吠えるけれど大丈夫だよ」そう話し掛ける声を聞きながら
その子の母親が駆けて来るのを見て、わたしは引き返す事にした。
あの女の子は「い・つ・つ」と言ったのかしら。
それとも「い・く・つ」と私の真似をしたのかしら。
不思議な女の子だった。ずっとむかしだったら居たような‥‥
思いがけない、可愛い細い指の感触がまだ残っている。
8/9
(MON)
爽涼や白樺の幹に手を触れて
此処に居ると、葉書などを書きたくなる。
家事、雑事から解放されていることもあるだろうけれど。
頂きっぱなしの暑中見舞へ、残暑見舞で返信するには最適の発信地。
8/10
(TUE)
もろこしの甘さあの日の祖母の声
信濃の玉蜀黍は甘くて美味しい。
茹でてあるのもそう、先日炭火で焼いてもらったのは殊に。
子供の頃、伊予の山間の祖母のところへ行くと、やはり玉蜀黍が甘かった。
広い裏庭の畑でいっしょに採ったこと‥‥
「ちぎっておみるかえ」という祖母の声‥‥
8/11
(WED)
草の花旧知のごとき初対面
高原の空気が涼しい朝の7時、白っぽい車が、落葉松並木の坂道を降りて来る。
助手席に乗ったひとと、わたしは同時に手を上げていた。
それが、KAYOさんとの初めての出会い。
まるで、ドラマのワンシーン!
(そうでしょ、KAYOさん?)
8/13
(FRI)
トランペット駒ヶ根に霧流れゐて
車の中には、トランペットの音が流れているだけ。
こまかい雨がフロントグラスを濡らし始める。
右手の山は濃い緑、むしろ黒い感じ。
霧が流れて、それは濃淡を創り、墨絵の世界を思わせる。
スタンダードとは言え、JAZZと山水画の取り合わせ?
渋滞に巻き込まれるかもしれない、そんな時は、面白がらなければ。
8/15
(SUN)
ひたすらに光を求め秋の蝶
テラスの屋根にガラスを嵌めた所が三つある。
50cm×80cm×30cmのその中に、揚羽蝶と、とんぼが一匹ずつ入っていた。
上に向って、光の方へバタバタと飛んでガラスにぶつかっている。
見つけてから約10分、とんぼはすぅ〜っと下へ降りて出て行った。
偶然なのか、考えたのか‥‥
揚羽蝶はだめ、ばたついているだけ。
30分くらい経っても同じ。
気になって仕方がないから、ゴルフクラブを持って行って追ってみたけれど
上を見ているわたしの方が、時にキラッと光る磨りガラス越しの太陽にクラクラする。
揚羽蝶って利口じゃないのね、‥‥わたしの紋だけどな。
ご心配なく、1時間後には居なくなってましたから。
8/17
(TUE)
海は夜石榴の色のカクテルと
Whisky Daisyというカクテルの名を手帳に書いたのが、ちょうど十日ほど前だった。
グレナデン・シロップの入ったカクテルを頼んでみた。
綺麗な赤。
少し甘くて、さわやか。
それは昨夜のこと。蒲郡の海辺。
今夜は真っ白い月下美人がまた、二輪ひらいた。
8/20
(FRI)
仮名文字を聞き間違へて秋暑し
それにしてもよく似た社名だわ。
ア○○スとア○○ス。
どちらも、それ程掛けたり掛って来たりする所ではないし、間違えても仕方はないと思う。
思うけれども、なんとも格好がわるい受け答えをしてしまった。
「ごめんなさい」と言った所で、おかしいのは変らない。
やだやだ。
こんなに暑いせいよ。
8/23
(MON)
想ひ出を物語るのか水引草
庭の隅の紫蘇の葉は、もう虫に食べられた所が多い。
その傍の今年はよく伸びた水引草に、紅い花が。
露草と一輪挿しに活けて玄関へ。
合せて絵も取り替える。
紫蘇も水引草も、植えたのはわたしではない。
おねえさん、みたいになったひとが植えて行った。
8/26
(THU)
待ち望みし紅葉のごとき「枯葉」なり
「枯葉」を唄う歌手は、どうしてあんなに暗く深刻になるの?
そう、いつも思っていた。
シャンソンは仕方がないとしても
JAZZの場合、演奏には軽やかなのもあるのに、と。
今日のコンサートの綾戸智絵の「枯葉」は、出だしから陽気過ぎるほど陽気。
フランス語、イタリア語、ドイツ語で唄って笑いを誘う。
英語で真面目に歌ったところは、こんな「枯葉」が聴きたかった!と思わせてくれた。
明るくて情熱的で、心地よかった。
背景の照明も、燃えるような紅葉の色に変っていた。
この一曲で、知らなかった彼女のファンになってしまった。
−「枯葉」は季語ではありません、曲名としてです。−
8/29
(SUN)
秋風と呼べず花房白く揺れ
温気(うんき)という言葉を今朝「天声人語」で見た。
蒸暑さのこととある。
風は流れても、秋風とは言いがたい。
その風に揺れるのが、満開に近いわたしの庭の白いさるすべり。
揺れることで、白いことで、涼しい。
9/1
(WEN)
午後の秋シュークリームを一つだけ
ほんの少しだけ、涼しくなったような。
街を歩いてそう思う。
他のものを買いに入ったケーキ屋さんで
ケースに二つあったシュークリームを、ためらわないで買った。
彼女と二人で、箱から手でつまんで、しかも立って食べたのが、なんとも楽しかった。
どこで?‥‥ないしょ。
9/3
(FRI)
掛軸を巻きて子規忌の近づけり
季節が過ぎたものを掛けていた。
床の間ではなく、リビングの壁面なので、見るような見ないような。
だから、好きなのを掛けっぱなし。
軸を巻く、これって、結構楽しい作業。
9/5
(SUN)
新涼やむらさきの花一輪に
韮の花が咲いたので、写そうとして庭へ降りたら
濡れ縁の鉢に、思いがけなく紫の花が!
やはり、秋にも咲くんだわ。
バンマツリの花
って‥‥
9/7
(TUE)
初月に語りたきことさがしをり
今夜は晴れそう。
細い月を見てみたい。
見つけたら、何を話す?
満月とか三日月に話し掛けたことはあるけれど。
9/10
(FRI)
蕎麦の実のひとつぶ箸でたしかめる
器の蓋を取ると蕎麦蒸し。
匂いも味わいもナチュラル、という感じ。
改めてそう思うことが、考えてみればおかしいのだろう。
美味しい‥‥、素直にそう思う。
9/12
(SUN)
飛行機の欠航はなし台風圏
飛ぶというのは、安全なのだろう。
心配はしていない。
でも、私なら乗りたくはないこの天候。
白いさるすべりの花びらは、散る、ではなくて、吹きとばされてしまった。
9/15
(WED)
金柑の緑の実もつ枝の欲し
暑い間は花を買わなかった。
すぐに傷むのを見るのがいやだから。
それに、鮮かな色のあるものは、より暑さを感じさせるから。
紫陽花の葉を活けたり、アイビーを挿したりしていた。
金柑の木が少し大きくなり、実も多く生っている。
いいよね、2本ほど剪らせてね!
9/17
(FRI)
濃みどりの器のごとし南瓜は
北海道からの荷物に入っていたかぼちゃ。
それほど大きくもなくて、なんとも形がいい。
台所へ持って行くことはなさそうと、わたしは棚の上に置いた。
美しい緑色。
9/21
(TUE)
台風は遠し子供の神輿来る
近くの神社は今日がお祭。
朝から、家のそばでも爆竹の音がしていた。
町内の子供神輿はなかなか綺麗で、担ぐ子達の声がいい。
日頃あまり聞けないような、弾んだ声が通って行った。
雨が止んでいてよかったね!
9/23
(THU)
いざよへる月を誘ひて淡き雲
昨夜は無月。
今夜の月を見たかった。
虫の音も高く聞えて、その雰囲気は充分に。
先ほど、六人で見た月と、いましがた一人で見た月と。
月と話すのなら、ひとりがいい。
9/25
(SAT)
仲秋や投函の音よく響き
切手を貼って手紙を出すことの少なくなったこと。
出しても葉書で、書かねばならぬ礼状など。
それすら遅れがち、忘れがち。
町角のポストへ、久しぶりの封書の投函。
手紙を出した、という実感がした。
9/26
(SUN)
やはらかきまろみとはなり居待月
夕方、手作りの栗きんとんをもらった。
角皿の刷毛目の模様は、シュールなすすきのよう。
月を見てから、濃い目のお茶と。
少しゆがんだ丸い栗きんとんは、月に似ている。
9/27
(MON)
白き花咲けり三輪臥待月
月下美人
が咲くと、気付いたのは夕方。
出掛けても早く帰りたくて、8時過ぎに戻って来たら
七分ほど開いた花を前に、すでにブランデーを飲んでいた人が二人。
月はまだ出ていない。
三輪の美人を、月の下に置きたいのに。
9/28
(TUE)
更待月出ぬ日友とはすれ違ひ
すこし無理がある句になった。
でも、実感。
彼女が帰ったすぐ後へ、わたしが行ったらしい。
約束したわけでもなく、偶然なのだけれど、しばらく会っていなくて会いたかったひと。
電話もほとんどしないのに、今夜は声が聞きたくて掛けてみた。
会いたかったわ、残念だったわ、と。
近いうちに、きっと、お食事会。
9/29
(WED)
狩人のオペラ観終へて海へ出る
海辺のホールで「魔弾の射手」を観た。
夏からもらっていた解説は分厚い冊子で、歌詞も楽譜も沢山載っている。
前日になって開いてみると、序曲のメロディーが浮んで来た。
歌ってみて、とても懐しいと思った。
オーケストラ・ボックスから響いて来たそのメロディーに
とつぜん、母の声が聞えたような‥‥
そうなんだ、彼女が唄っていたのだ! わたしが幼い時に。
それは、どんな言葉だったのだろう。
今日もまだ探している。
10/1
(FRI)
秋鯖の押し鮨を買ふ物産展
同じ曲ばかりが流れるデパート。
(燃えよドラゴンズ、です。)
夕方近いのに、いつもより人出は多いような。
「全国物産展」が目的のわたしは、真っ直ぐにそのフロアへ。
薩摩揚げ、明太子は九州の。
大阪の餃子も。
鯖鮨は三重のもの。
今夜の食卓は、並べただけ。
‥‥ではないんです、スープを作りました。
花のスープです。
10/2
(SAT)
白粉花おんなどうしの内緒ごと
白粉花の色は紅と白。
小さな黒い実の中に、秘密のように白い粉がある。
ほんと、白粉みたい、と顔に付けてみたこともあったっけ。
おんなどうしの内緒話に、ぴったりだわ。
10/3
(SUN)
小さき花の仕草いろいろ吾亦紅
吾亦紅、吾木香、名前の魅力で気になりながら
じっと見詰めたことはなかった。
吾亦紅の写真集
で、その花にも魅せられてしまった。
いつも素敵な花を見せて下さるPyotrさん、ほんとうにありがとう!
10/4
(MON)
蟲の音の低音響くやうになり
そのような気がする。
それで秋が深まるのかどうかは知らない。
ひと頃のように高い声ではなくて、聴いていてこちらも落着いた気分に。
10/6
(WED)
秋夕焼染色展の誘ひ来て
一度荷物を置いてから、郵便受のところへ行く。
真っ赤な夕焼!
隣の寺院の樹木が黒々とかたまって、その隙間にも紅の空が見える。
DMが多い中に、友人からの葉書も。
草木染の案内が、夕焼の中には一番似合う。
10/8
(FRI)
花よりも先づ香のこぼれ金木犀
昨日は仄かに。
今朝はもうはっきりと。
金木犀の木に寄ってみても、色うすく、蕾がふくらんでいるだけで
あの花の形はまだ見えない。
そのうちに、鮮かな色の花屑が‥‥
10/12
(TUE)
稲孫田の緑より翔つ鳥の群
電車の中から眺めていた。
夏のように暑いこの頃でも、秋は秋。
こんなにも刈り取られた田が続いている。
暑いから、緑のひつじが伸びるのも早いのだろう。
10/15
(FRI)
朝影に白きコスモス未来まで
今日はそんな日であってほしい。
来年も。
21世紀になってからも。
10/18
(MON)
電話ではお茶事の話杜鵑草
青の色の着物なの、帯も新しいの。
弾んだ声。
カナダへ行って1キロふえたから、日曜までに1キロ減さなきゃ。
あのねえ、和服なんでしょ?
1キロなんて。
これが、彼女とわたしの差。
あのひとの、ほととぎすの花のような色の着物も素敵だったな。
10/22
(THU)
やや寒し朱き卵を選びをり
午後の買物でのこと。
寒いからそうしたわけではなかった。
白い卵より少しお値段のいいそれを、好みで求めるのはよくあること。
「やや寒」の季語に、あたたかそうな色の卵を結び付けてみただけ‥‥
10/24
(SUN)
木犀の精は空へと舞ひ昇り
淡いブルーから白へのグラデーションの紙に
金木犀の花をちりばめてある栞。
咲いている時の色をそのままに、ちいさな花たちは上へ向って昇っているような。
小春日和さんから、シュールなデザインの百日紅の花びらの葉書と一緒に送られて来ました。
10/25
(MON)
秋日和ホースのしぶき七色に
十時近くになってから、庭の木たちが水をほしそうで、水を撒く。
濡れて緑が濃くなる‥‥すみっこの、侘介に隠れていた紫式部の実の色に気付く。
この間、だれか が刈っていた芝生も乾いているので、たっぷりと水を。
シャワーのように撒くと、その周りのしぶきが薄い虹の色に!
10/26
(TUE)
ほどの良き料理を載せて柿紅葉
ベージュから黄色に、そして鮮やかな朱色に‥‥濃い緑も残っている。
一枚の中にいろんな色が重っている柿の葉。
ほんの少し枯れた色も美しい。
渋い灰色の器に一枚だけの柿紅葉。
日本料理の素晴らしいこと!
10/28
(THU)
黄格子のブレザー櫻紅葉背に
いつもにない明るい色を着ている!
土曜日のゴルフの帰りだから、とは、あとで知った。
わたしが言うのはおかしいかもしれない。
でも、素敵だったよ、キミ。
窓から見下ろす川添いの櫻並木は、紅葉し初めている‥‥
10/30
(SUT)
ふるさとの白き町並暮の秋
お土産はパンフレット。
白壁の町が観光スポットになっている。
わたしが祖母と歩いた頃と同じ道幅、同じ建物。
祖父母が住んでいた家も、庭木も、そのままの形でパンフレットにある不思議さ。
11/2
(TUE)
旧友と話してみたき冬隣
手紙を書かない、電話をしない。
遠くの友達とどんどん疎遠になっている。
こんなのいけないよね、KAYOさん?
でも、あなたのように、同級生とのMLはないのよ。
今夜は電話しよう!
11/4(FRI)
満天星の紅葉は淡く日は替る
暦と合わないのだろうか、ドウダンの紅葉を句にしたことがないような。
十一月の半ばには、さるすべりの葉が黄色になり
その下の数株のドウダンは鮮やかな紅葉になるのだけれど。
明後日からは冬、ページも替えなければ‥‥
11/6(
(SAT)
to
Winter