季 節 の 中 で
春
春立ぬ白き世界のこの朝
朝、一番にブラインドを上げた窓の直ぐ傍に、沙羅の木がある。
その枝から、氷柱!
「つららだわ!でも俳句に書けないよ」と思わず声を出していた。
今日から「春」と決めていたから‥‥
雪の、−5度の朝。
こんな立春の朝は、明るく、本当に清々しい。
2月4日(木)
華やぎか嘆きか入試語る声
訊ねたいことがあって、電話をしたら、娘さんが出た。
「あ、○○ちゃん、お母さんは?」といつものように言って代ってもらう。
彼女は大学入試真っ最中らしい。
「大変ね」とも言わなかったことを反省しながら、放っておいてほしいよね、とも思う。
それにしても、心配と期待とのあれこれを、話す友達は
自分が受験生であるかのような、華やぎを感じさせていた。
2月6日(土)
早春の城を浮ばせ茜空
城を見下ろす窓から眺めると
南と西の空が、やわらかい紅色に染まっていた夕方。
春の色!そう感じた。
数日前のあの寒さから比べると、今日は暖かい。
陽光が明るく、ほんの少しだけにしろ、心も弾むような日だった。
2月8日(月)
チョコレート売場はづれて桜餅
デパートの地下は、ヴァレンタイン一色、のよう。
年毎にブランドが多くなり、コーナーも広がっている。
他のものを買っても、<S't Valentines Day>と大きく書かれた紙袋を貰って困ることも。
今日のわたしは、チョコレートよりも買いたいものがある。
二月になったらと決めている、桜餅。
夕食後の桜餅の、美味しかったこと!
2月10日(水)
希みひとつ叶ひし夜は春の雪
目刺し焼く傍に軽口飛び交へり
モダンな囲炉裏を囲んでの食事会。
大きな網の上には、目刺し、貝柱、などなど。
長い箸でも、熱くて大変!
ワインも飲みたいし、お喋りにも加わりたいのに‥‥
ヴァレンタイン・デーだから、チョコレートを二つ持って行きました。
わたしの好きな《KOBE PIER》
2月14日(日)
鰆漁の話ともなり刺身より
鰆の刺身は、今夜で三度目。
もちろん、新鮮でなければいけないし
釣った時の扱い方では、刺身にはならないとか。
釣が趣味の人も一緒で、鰆の大きさを手で示したり
話はどんどん男性的になって行く。
わたしは、美味しいというだけで、いいんだけどな。
2月16日(火)
春雨や靴磨くやや念入りに
冬の間、軽くクリーナーで汚れを取るくらい
そんな手入れしかしなかった靴たち。
春雨と呼べる雨の午後
明日か明後日の春の陽射しの下では、光らせてやりたくなって
特に茶色の靴を、いつまでも磨いていた。
おまけで、誰かさんの靴も‥‥
2月18日(木)
暫くの話題提供ほたるいか
「蛍烏賊」と書いて、漢字続きにしようと思ったけれど
あの小さな、やわらかなのは、「ほたるいか」の方が似合う。
魚屋さんで、支払いも済ませた後に、目に入った茹でたほたるいか。
小皿に分けて、今夜は八丁味噌の酢味噌を掛けてみた。
なんか、このごろ、食べ物のことばかり。
2月20日(土)
春の霜のんびり背を伸ばす猫
まだまだ寒くて、枯れた芝生にも霜が降りた朝。
光は明るいから、霜は細かく耀く。
その上で、山茶花の蔭から出て来たチーコは、背伸びをしている。
猫って、寒がりというのに、強いんだね、アンタたち。
時に遊びに来るのは、歓迎よ。
2月23日(火)
Cat stretches
in the morning sunlight
safe from spring frost.
この頃、時にわたしの俳句を
なんとか、英語で説明して、それを短い詩に書いてもらうことがあります。
今夜は、一昨日のがこんなふうになりました。
プリンス・エドワード島から来た彼女は
俳句が好きになりそう、ですって!
2月25日(木)
色ごとに並ぶ花屋の春の花
いつものケースと、なんか違うな、とは思った。
花の種類がふえたのかしら、とも。
黄色をベースにして選ぶのも、これとこれね、さっと決められた。
帰る頃になって、オーナーがケースを指しながら、話し掛けて来た。
「どうですか?」
「春なのね、お花がいっぱいで綺麗よ」
「ちょっと並べ方を替えたんですよ」と得意そう。
「色別にしてみたのです、いいでしょう!」
紫、ブルー、黄色、オレンジ、白、赤、とそんな順序だった。
少し離れてみると
流れるような、揺れるような、 リズムのある花園だった。
2月27日(土)
三月の朝影に浮き家々は
洋皿の藍に合ふやも鶯菜
爽やかな緑色のお漬物を戴いた。
冬菜というそうな。
歳時記を見ると、小松菜とも、鶯菜とも。
小松菜という名は知っていたけれど、鶯菜は知らなかった。
<とうな>の響きの方がやさしい‥‥
なぜか、ロイヤル・コペンハーゲンの器に入れたら、と思った。
3月2日(火)
貝雛を眺めて女二人の宴
女の子が居ないので、ずっと、わたしの市松人形を飾っていた。
数年前に、小さなちいさな、陶器の貝雛を手に入れてみた。
部屋の一隅が可愛い雰囲気になる。
今年はそれにもう一つの貝雛が加わった。
あられさん手作りの内裏様。
友人と二人で食事とお喋り‥‥
3月3日(水)
朧夜や記念誌の或る一ページ
お花見の前に売出す団子かな
遠山をしたがへ城は夕霞む
In the mists of the spring sunset
the castle, like a General commands the mountains.
桜貝ひとつ朱塗の函の中
二十才の頃に桜貝を拾ったのは、瀬戸の海辺。
その桜貝は今もある。
何処にあるのだろう。
小さな箱に入れてある筈で、それは掌に載るほどの塗の小箱。
でも、待てよ‥‥桐の箱だったかしらん?
3月12日(金)
独活の香は指に残りてキーを打ち
独活を刻んで清汁に浮かした。
歳時記にある句に、こんなのが‥‥
そうはいかないけれど、なんとなく指が軽いような。
3月14日(日)
十才の少女すらりと沈丁花
沈丁の花が開いた。
紅白のうち、紅色の花。
両方とも、まだ植えて二年にしかならない小さな木で
白の方は、明日あたりに咲き初めるだろう。
数日前に会ったメグちゃん、急に背が伸びた彼女みたい。
3月15日(火)
さくらもち橋のたもとや嵐山
嵐山の桜餅が食べたいと言うひとと
ある寺院の帰途、そのままタクシーで行ってみた。
ところがお目当ての店はお休み‥‥
諦めた彼女と渡月橋を歩いて、お昼をここにしょうと決めた時
帰って行った筈のタクシーの運転手さんに、大声で呼ばれた。
忘れ物?! と思ったら
「ほかの桜餅の美味しいお店、教えてもらいましたし、そこまで送りますわ」という。
その運転手さんのおかげで、紅白の桜餅と抹茶を楽しめた。
そういえば、途中で教会があった時に、「わたし、幼児洗礼受けてます」と話していた。
ほんまに親切な彼は、こんなことも言ってたっけ‥‥
「あそこの神父さん、チャイコフスキーいいまんねん」
3月18日(木)
朧なる祇園小路のくぐり戸よ
あれは本当だったのかしら。
古びた板塀の片隅のくぐり戸。
入れば見事な植込みの庭。
その庭を、硝子越しに眺めるしつらえのBar。
蝶の模様の着物と帯のひと。
小説の中にあったのかもしれない。
春の宵の幻。
3月21日(日)
連翹やちらちらと黄の纏はれる
ほのぼのと城は向ふに初桜
土曜日だけれども行ってみた。
川を見下す7階の窓は北側で、雨上りの風景は午後の陽射しに明るんでいる。
両岸に二分咲の桜が淡い色。
向う岸には菜の花も五分咲ほどで、花と葉の色が混じって黄みどり色。
川下にあたる左の方には、天守閣が白く静かに立っている。
ちょっと邪魔なのは、河原の小屋のテントかな。
3月27日(土)
小鉢にも皿にも枝垂ざくらの絵
花人をそのままにして離りゆく
ルノワールの少女の髪よ春の虹
赤みをおびた淡いみどりの芽吹きを、見上げながら
美術館に入る。
オランジュリー美術館展。
もう数日で終るから、春休みだから、人が多い。
電車の中も、昼食の時も、ずーっと話し続けていたのに
絵を見る時は、四人とも無口、ほとんど話さない。
話さないことで、伝わっているものがある‥‥
そういう仲間と居る、やさしさ。
4月2日(金)
行列の中には姫も花吹雪
誘われた連句には、こう付けた。
今日はこの街の桜まつりの、家康行列の日。
もう終った頃だろう、河原での合戦も。
何年前かしら、家康に扮して馬に乗った人が居るんです、うちに。
あの時は、わたし、賛成しなかったけれど、今は良かったなと思ってます。
さ、これから、夕桜を見に行こう!
4月4日(日)
なわすれそとのくさぐさをいとほしむ
数日前に荷物が届いた。
真新しい掛軸だった。
渋く、しかもどことなく華やぎのある表装の半切。
描かれた姫だるまの朱色に記憶がある。
四月の雛祭の頃に飾られていた。
でも、わたしが知っているのは、額に入った小さな絵だったのに
あれは、半切をまた折ってあったものだったと、今になって判明。
半切には短歌が書かれている‥‥一目で判る父の字で。
書かれたそれは、わたしが生まれた頃に作られた連作の中の一首である。
祖父に依るという、わたしの命名の意味を詠んであるもの。
故郷の父の家から、見つかったというその半切を
わたしの誕生日に間に合うようにと、手を入れ、軸にして
送って呉れたのは、七十七歳の叔父である。
「あなたの誕生を祝って、祖父が絵師に描かせた姫だるまに
高齢の父親が画讃を添えたものです。 大切にして下さい。」 との見事な筆跡の手紙が添えてあった。
今宵の食卓は、娘の手料理の数々と、オーストラリアからの白ワイン。
姫だるまの掛軸は、まだ暫くこの部屋に掛けておこう。
4月6日(火)
今日もまたお帰りなさいとチューリップ
玄関で迎えてくれるのは黄色の花たち。
チューリップとカーネーション、霞草‥‥
フリージアの匂いが甘い。
読み返したら
時々見掛ける小学生の俳句みたいよ!
いいか‥‥
<どの花見てもきれいだな>だもん。
4月9日(金)
いかなごや網で焙りしことなどを
朝ふらっと出掛けたひとが、浅蜊といかなごを買って帰った。
卸しの魚屋さんへ行ったという。
ゆっくりした朝食に、軽く焼いたいかなごが美味しかった。
炭火で焙りながら食べたことを想っていた。
火鉢の向うの母の笑顔も。
今朝、わたしは、オーヴン・トースターで3分間‥‥!!!
4月11日(日)
春愁や右手の甲で採血し
どうしてなんだろう?
血管が細いのって。
普通にしてもらうと、2度や3度はやり直し。
今日も言ってしまった、「ここでいいわ」と。
検査大嫌い、バリウムも飲んだことなし。
でも、ま、血液検査だけなら付合ってもいいか。
それにしても、点滴なんてことになったら、どうするんだろ。
気もほんとうに小さいから、血管も細いの、わ・た・し‥‥
4月14日(水)
かたばみを撮りし少年はらばひて
引越すと決ってから
庭の花たちを愛用のカメラで写していた。
沙羅の花や韮の花は、わたしの頼みで。
小さな草花は、彼の好みで。
その中で、素敵だったのはカタバミの接写。
引き伸ばして、この家の居間を長い間飾っていた。
花が大きく見えて
「何という蘭なの?」と言う人もあったっけ。
それにしても、あの写真、どこにあるんだろう‥‥
4月16日(金) −かたばみの花(夏)−
たんぽぽの野に立つ乙女嫁ぎ行く
挙式は白無垢で。
披露宴に入って来た時は、紅梅のような艶やかな打掛で。
それから、純白のウェディング・ドレス。
二度目のお色直しで現れた彼女は、明るい春の色の
薄緑と黄色の花がいっぱい付いたドレスで
タンポポの精のように微笑んでいた。
二年間の恋を誰にも知られずに、今年になってから皆を驚かせた彼と彼女。
着実で賢明、しかも可愛い二人は
タンポポのように、しっかりと爽やかに歩いて行くと思う。
彼女、「句集」の中の写真に居るんです。
セーラー服の高校生の右の端っこ。
今日の写真は、いずれお見せしますね。
4月18日(日)
電話切りてより春愁にひたりをり
「どうしましょうか?」という電話だった。
わたしの母の留袖を手入れに出している。
裏地をそのまま使うか、新しくするかとのことで
少し考えたが、比翼で見えるところはそのままに、胴裏は替えてもらうことにする。
母は、一度も着なかった。
その代りに、おばあちゃまが20回は着たのだろうか。
わたしの結婚の時に、初めて着てくれたのだったかしら。
この一年、古いものに想いをかかわらせる時の、多いこと!
いつか来る、息子の結婚式には、わたしはその留袖を着ることに決めている。
4月22日(木)
満天星の白き花鈴ピアニシモ
そろそろ散り初めたどうだんを
二枝だけ切りとって、トルコブルーの花瓶に挿した。
鳴っていそうでも音は聞えない、白くて案外硬い、鈴のような花たち。
きっと、全曲ピアニシモ、いえ、PPPPPPP‥‥
4月24日(土)
春涛の烈しくもまたやさしくも
昨夜遅くまで楽しんでいたJAZZ LIVEの
中でもドラムスの音!
「Sing Sing Sing」のドラムソロ!
どう書いても音は動きは表せないので
一昨年の「俳句メモリー」を、よろしければどうぞ‥‥
4月26日(月)
陽炎の向ふ煉瓦へ続く門
暑いほどの午後、ふらっと川の所まで歩きたくなった。
桜並木の新緑に誘われたから。
知らない道をゆっくり歩いたら、花の鉢が並んでいる家の多いこと。
色とりどりの花々よりも、緑の葉の方を美しく感じる季節だ。
新しい家のレンガの色もいい。
4月28日(水)
In his father's arms,
he reaches to touch the sky of Wisteria.
あるシーンを思い出して作った句。
Heatherさんはとても気に入って、こんな風に訳してくれた。
「藤房」が、「藤の空」或いは「藤の雲」となる‥‥
わたしは、ひとつの藤房を見ていて
彼女は、藤棚いっぱいの花をイメージしたのかしら。
“Sky of Wisteria”を、わたしは素敵だと思う。
4月30日(金)
CDを手に夏近き街へ出る
約束の時間にはまだ早い。
駅前広場の向うにある店に入り、1Fの宇多田ヒカルのポスターをちらと見て
エレヴェーターで4Fへ。
Jazzとクラシックのコーナーを、なんとなく歩き回る。
お気に入りのピアニスト、エリック・ハイドシェックと千住真理子の“Spring Sonata”を見つけて
嬉しくなってしまった。
名古屋ボストン美術館の印象派の絵を、そのCDを抱えながら観ていた。
5月3日(月)
風車持たせてみたき女の子
遊びに来ていた女の子は
キティちゃんの縫いぐるみを抱いていた。
一目で大の仲良しと分ってしまう、リボンも取れたキティちゃんのパイル地だった。
赤いファミリア・チェックのジャンパー・スカートで、くるくる動き回る女の子。
おねえちゃんと、おにいちゃんが居て
ふんわりと、甘えムードの女の子。
風車も似合いそうな女の子。
5月5日(火)